いだてん

古今亭志ん生、どセンターで魅力爆発。主人公だった。少し思い出すだけで両の手指の先が溶けそう。四十と数分に彼の人生の間抜けさと繊細さとくたばらなさがみっしり詰まってた。そんでその同じ弁当箱に小松勝と三遊亭圓生もふんだんに詰めてあるときた。こんな淡々と濃厚な手口がありますかね。これだけの情報量にして、真ん中にあるのは間違いなく志ん生の面白さなんである。家族には満州に行く理由見透かされてて、へんな日本兵にランナー観点から富久のダメ出しされて、敗戦直後の二人会で先に出た圓生が余裕でウケてて、芝まで走る富久を演りながら作って、ウォートカで死にかけてネズミ顔になって、偽装結婚に乗ったら自分だけ化物みたいな強女つかまされて逃げて、日本に帰る日にはこぎれいな圓生の隣で家のない仙人みたいな風貌になっている。で帰って家族に「よう、久しぶり」だってよ。ずるくないか。根こそぎ奪われるぞ。圓生は終始絶妙にいい男で、つい前回登場したばかりなのにこの短時間でこれまた奪いにくる。正味な話あともうちょっと居られたら取って食われるよ。七之助はそういう化物だな。志ん生圓生の道中記もっと長いこと見ていたくなる。ここだけ追加で作ってくんないかな。志ん生の前に束の間現れた小松勝は、この1話においては先を導く妖精のようだった。事実、創作された人物だからそうなのだろう。富久がどうやって生まれたかの物語は彼が繋いでいる。人の形をした物語の意図。あのとき志ん生の落語を見守っていた彼の目の輝きは、宮藤官九郎のものでもあり大根仁のものでもある。そして歴史に誰と残っていない誰かがいたはずの物語ならば、あれは貴方の曽祖父だったり私の祖父だったりもするのだろう*1。かつてシマさんが金栗四三人見絹枝を動かしたように。史実をもとにしたドラマという表現の裾野の広がり方、こちらの足下まで伸びてくるその力強さに驚かされます。冒頭で志ん生の前に小松が現れたときのファンファーレも、観てるこちら側の気持ちすぎて笑ってしまった。

*1:うちのじいさんは両方とも生きて帰ってきたクチですが、それはさておき。