吉祥寺WARP 21st Anniversary! 吉祥寺WARP presents「SMALL LAKE!!-SPECIAL-」

渋谷のシアターコクーンでマチネ公演観てフライドポテト齧って吉祥寺WARPへ。画鋲目当てでしたがmyeahnsも快速東京もとてもよかったです。ライブハウスのバンドの目が合う距離感でただただ顔をニコニコさせて応えた。トリの快速東京の頃には前方の人口密度がやや下がってファンが反復横跳びの勢いで踊ってたのが目に焼きついています。画鋲、前回見たときよーかいくんの曲順紹介のくだりで全曲サワリを他の二人が歌ってくれたけど今日はそういうのはなかった。なんなら三宅は口数少ないくらいでしたが、よく考えたらこの日地方で『鎌塚氏、舞い散る』の公演やってから東京戻ってきてコレに出ているのである。そら疲れましょう。WARPは宮藤が初めてよーかいくんのバンドを観たライブハウスだそうで、その話聞いてた三宅が「思い出の場所じゃない」て言ったのが親戚みたいでよかったです。宮藤は『いだてん』終わったのでもう何を言ってもいいんだと、某女優のクラブ踊りを真似したり「天気の子」の歌を歌い続けたりとのびのび過ごしていました。『いだてん』期間中グループ魂の活動がなかったの結果的によかったですね。セッティングでは、まだ呼ばれていないのに三宅が急かしたとかで早めにステージ上がってしまい時間を持て余して3人で揉めていた。ステージ上に出ハケ口がなく、いったん上がるとハケづらいのです。一応暗転して出囃子的なものかかって登場なので口々に「隠れよう」と下手の壁に張りついて暗転を迎えていた。演劇みたいに完全暗転しないので、青いライトに大中小の白い画鋲Tシャツの背中がこうこうと照らされていました。

『キレイ 神様と待ち合わせした女』

平日昼間の回を観にいくことにしたのはそこしか取れなかったから。先行抽選諸々落として、一般発売にてようやく入手しました。でもめちゃめちゃ前方のいい席だった。怯えて大阪公演も1回分取ってしまいましたよ。それはそれで行きます。

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いだてん

最終回、18時と20時の2回見た。1回目は異常な、2回目は正常な態度で見ました。正常とはグエッグエッとか声を上げて泣いたりしないという意味です。正常でも心は打たれ続けていたよ。何せずっと見てきた。可児さんが徒歩部の監督だった頃も、カクさんが敏腕コーチだった頃も。いま、可児さんは御年90歳だし、カクさんはだいぶ皆川猿時である。作ってる人たちが皆川猿時を好き過ぎるのかカクさん最終的にはだいぶ皆川猿時の味になってたと思います。閉会式で各国選手が整列もせずスタジアムになだれ込んでしまって頭抱える様、史実ではこの混沌を松澤一鶴が狙って生み出したという説もあると番組公式サイトには書かれていて、そこにもう行けないほどこのカクさんは出来上がってしまっていた。それでも、ロサンゼルスで気が狂うほどに悩みながら采配を振っていた姿を私たちは忘れてない。東京でもブルーインパルス相手にノイローゼ発動していたな。彼の肉体を通して松澤さんの真面目さ優しさに触れることができた。「違う」けど「そう」だった。まーちゃんも四三さんもそう。金栗四三が思いを口に出さず書き溜めて時にネチネチとしていたこと、ストックホルムに向かうシベリア鉄道の頃から変わらない。本当にそうだったかわからないけれど、この人が小部屋のような慎ましい心と超人的な走力をその身に同居させていたことはわかった気がする。語られる数限りない実話がそうだったから。多分めちゃくちゃ考えてる、でも結果的にはただ走ってる。「なんも考えない」は難しいことだけれど、スポーツには一瞬それをさせる強さがあるのか。道への迷わなさ。いやストックホルムでは迷ったんだけども。自分の野性や創造性を解き放てる道を持っている人を、中村勘九郎を通して見るのはとても楽しかった。阿部サダヲ田畑政治に関しては、出てくる関係者が異口同音に似ていると答えている。イヤあんな人いないだろうと今でもちょっと思う。あんなスピードとスイッチで生きる人に誰も追いつけない。皆さん実際に追いつけないと感じていたのかもしれない。国から金をぶん取り、一種目モ失フナから始まった彼のオリンピックが辿る翻弄や矛盾は「選手以外」である私たちのオリンピックをいつも映し出していた。選手にも、そして大会を目にする全ての人にも、余計なこと考えずに楽しんでもらうために一番めちゃくちゃ考える。1964年東京大会に至るまでのあらゆる準備、本番当日に向けてその手の数が増えて加速していく様は痺れるものがあった。あの全てに携わっていこうとするなら、そりゃ時間が幾らあっても足りなかったことだろう。いつも「違う」と「そう」をすぐ出せるよう頬袋にためていたことだろう。あの日、競技場で起こっている現実と嘉納治五郎が運び込んだ夢を同時に同じ景色で見つめていた時間は、体感永遠のようだったけれどきっとほんの一瞬のこと。スポーツに勝るとも劣らない雄弁な一瞬だった。長くなってしまったので五りんのことはもういいか。史実の骨と筋肉でみちみちに詰まったその隙間を彼に集約される沢山の人が走っていたなあと思う。開会式の日に子ども生まれたんですってよ。次の聖火ランナーに、でも意外となれなかったりするんだろうな。

日本文学シアターVol.6 【坂口安吾】『風博士』

世田谷パブリックシアター久しぶりに来ました。2階ド正面で大変見やすかった。日本文学シアターシリーズも初めて観たのですが、わりと歌うのですね。それとも今回だけだったりするのかしら。

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いだてん

占いババアの逆手太鼓判という大カタルシスで幕を閉じた1964東京大会前夜。一年前のドラマ開始時には想像もしなかった場所に僕らいる。なんて、史実だからそんな訳ないのに言いたくなっちゃう不思議な気分だ。代々木にできた選手村を訪れるまーちゃんの姿、感慨深い。大会そのものと同等かもしかしたらそれ以上に、この田畑政治にとって選手村は夢でありゴールだったと思うから。「嘉納さんに見せたかったなー!」と大きな声で言うまーちゃん今日イチ良かったよ。こんなにワンマンであんなにジジイに厳しい男がこの気持ちを、しかも「この先きっと何回も言う」と自覚するほどに、溢れさせている。この人は見れるんだ、オリンピック。無職だってなんだって。白い背広で乗り込んでって啖呵を切った姿は嬉しかった。東龍さんがいつでも来てくれと言葉をかけたのも嬉しかった。と、同時に、いまの委員会にそう言える隙があるってことに、まーちゃんを追い出した意思が大会のために動き続けていないという事実に、私はロブスターを殻ごと噛みちぎらんばかりに激怒してますけどね!はーつまんねつまんね!平沢さんのテレビ技とカメラ目線サイコーだし、電話越しのコンゴ国歌を譜面に起こして演奏まで持ってくの凄まじいし、道路も新幹線もギリギリで間に合わせてて、猛烈に大勢の人たちが手と足と頭使い尽くして働いたんだろうなと思うとやっぱり当時の人たちに「俺のオリンピック」って思っていてほしい。すこし寂しそうな金栗四三さんも、まだ迷走の中にいる小松金治さんも、そして坂井選手も、そう思える最終回になったらいい。