いだてん

立て籠もった女生徒たちにかける四三の声よかったなあ、流石だな。村田のお父さんに娘と対決してはと提案するシマちゃん先生の策も最高だった。脚むき出しの我が娘に駆けっこで6回全敗したお父さん、もう無茶苦茶な気分だったろうな。嘉納先生は競技場を四三に見せながら150歳とか火星人とかこちらもこちらで無茶苦茶なことを言っている。この物語の嘉納先生ならやりかねない感じがあるし、なんだかついていけてないながらも一緒に空に叫ぶ四三も微笑ましい。年の差30だけど本当に名タッグなんだなと思う。今日は9月1日。関東大震災が起こった。高座で“おりん噺”から始めて淡々と語る志ん生の中に、あの瓦礫の街の孝蔵が、諦めと切実の滲む三十路男が居るんだなと思わされる構造に震える。いろんな人の心に諦める諦めないの話が宿っていた。四三の諦めなさのほうが普通でなかったのかもしれない、そのくらい訳のわからぬ規模の災害に見えた。増野さんのよさである優しさ繊細さをこんな形でも見つめなければならないのが苦しい。清さんが車引いて現れたとき本当に救われる気持ちだった。清さんも村田のお父さんも、孝蔵も、何かせずにおれなかったんだと思う。「何かしなければ」にもリアリティを感じます。五りんが今まで見たことないような顔をしていた。祖母というよりまるで母の話を聞くような距離感のシリアスを持っていた気がする。何者かわかったところでますます謎の解けない五りんである。記念写真の四三を指して「大仏みたいな頭」「これがお母さん?」てボケる志ん生というかたけしというかにかなり救われた。