ハイバイ『夫婦』

東京芸術劇場の地下独占、ハイバイの2本立て公演。私は『夫婦』から観ました。お父さんが亡くなったときの話。開演前の前説は初演と同じく岩井役の菅原永二が「岩井です」て名乗って始めて、でも途中でスタンバイに出てきた父役の岩井秀人が「私も岩井です」て言ったのちょっと面白かった。
岩井秀人があの父を自分で演るということで、どうなるんだろうって観る前から思っていた。実際最初なかなか入ってこなくて、あの父の気質と岩井秀人の身体とが私の中で噛み合ってくまで少し時間を要した。改めてこの人の言動は筋が通っていないし、何がしたいのか理解するのが難しい。と暫く考えながら見てしまった。初演で猪股俊明が演ったときはそこまで立ち止まらなかった気がするので、風貌や年代なんかで無意識のうちに、このくらいの年齢の男性ならこういう人もいるだろうという感覚を私が持っているのかな。若くてもそういう人が全くいない訳ではないだろうに。そして子どもたちも小さい頃だからこの父も若かっただろうに。舞台上のあちこちをうろつく岩井秀人は岩井父なのか岩井秀人なのか、なんてことも時々思ってしまった。この物語では、お父さん以外にも話の通じない奴が何人か出てくる。まあお父さんは物理的な暴力も含んでいた訳だけど、人と接する態度においての暴力性というのはいつの時代も生まれているんだと思わされます。あのマネージャーやあの医師、大声あげたり手を上げたりこそしないけど、物凄く、人を、傷つけるというか、絶望させている。コミュニケーションの敗北は本当に悲しくなるよ。自分がやらないようにってところから始めるしかない。山内圭哉のお母さんは初演に続いて素敵だった。岩井作品における岩井家の母は一貫して素敵です。人に対する感情として「可愛さ余って憎さ百倍」なんていうけれど、別にそんな風に反転や反比例とも限らないなと思う。両方を違う比率で増減させていてもいい。そりゃ憎しみが減れば自分だって楽なんだろうけど、ずっと憎くたって別にいいし、過去の愛情が思い出されても出されなくてもいい。だから彼女を見ていて痛快なのだと思う。セット恰好よかったな。物も人もずっと積もっていて。『て』も『夫婦』もこれから暫くやらなそうみたいなことご挨拶の紙に書いてあったけど、いつか川上友里がやるお母さんも見てみたいかもってちょっと思いました。