ナイロン100℃『睾丸』

「睾」って字、他に使われることあるんだろうか。初めてこの漢字をまじまじと見つめながら、東京芸術劇場ナイロン100℃本公演へ。ハコの大きさとか椅子並べてる感じとか、シアターイーストとウエストは小劇場を観る気分になれる。
ナイロンの最初のシーンがいつも好き。第1幕第1場の動画を集めてどこかに置いてほしいほどです。今回もとてもいい。初っ端から牛乳のくだり誰彼構わず話したいし、みのすけ扮する立石さんがやってきてからの流れには少し『ちょっと、まってください』を思い出した。見ながら既にもう一回最初から見たくなってる。最初のシーンは毎度のようにそう思う。立石さんというかみのすけというか、無茶苦茶なんだけどやっぱり救世主だよなー。奇跡のホームランを放つ男。総合的に見てやっぱりろくでもない人だと思うけど、何というか代えがたい。こんな人ながら人の親であり人の夫であり人の友でもあって、あり得てて不思議な人だ。ろくでもないのはあの家に現れる人皆そうである。それでいて代えがたく、言うほど嫌いになれないところがある。女に殺すぞとか言うのもすぐブスとか言うのも、よくないし客観的には言わない方がよろしいけど、光吉も建三も嫌いにならないもんな。寧ろ魅力にすらなる瞬間がある。よくも悪くもこれが睾丸力なのかしら。三宅弘城が建三みたいな人を演じるときの振舞い、ご自身の一面でありつつホンや演出によってこういう風に強弱が付けられるんだろうけど、いいですよね。あれも睾丸の為せる業なのか。タイトルのせいで睾丸を便利に使ってしまうのよくないな。女性の話をしましょう。亜子さん可愛かった。坂井真紀キレキレだ。25年前の亜子も今の亜子も正しく可愛くて、あの可愛さをギャグに振ることもシリアスに振ることも自在なのだと思うと女優さんカッコイイぜと思う。若い子たちの顛末を見ながら同じ場所で同じものを手にした亜子さんを思い出して、若かったりタイミングだったりによっては亜子さんがやってしまう道もあったのだろうか、なんてぼんやり考えたりした。振り返れば結構変な話なんだけど、凄く面白かったです。七ツ森さんも静さんも作郎さんも、多田君も、見事に機能している。緻密な造り故のあの大暴れの楽しさだ。物語も人物も。あの頃の美しさ、苦さを、誰かに歪めさせたり奪わせないのと同じように、今の美しさと苦さを奪いに来る奴のこともひっぱたいていい。投げうつものが少し変わるだけだ。25年後の彼らはどうしているだろうね。やっぱり想像してる以上に騒がしい未来が待っているのでしょうか。