ロロ いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校『すれちがう、渡り廊下の距離って』

いつ高第3弾。確か年始の第2弾んとき「次回は来年」て言ってたのがいやいや年内にもう1本やろうじゃないかってなったんではなかったか。高校演劇のルールに則ってやるので舞台の仕込みから始まるのですが、私の見た回ではセットに仕込まれた蛍光灯の一つが接触か何かトラブって時間ギリギリになって、ちょっとドキドキしました。こういうの実際でもあるんだろうな。あと、食べ物とか舞台を汚すもの使っちゃいけないのがルールって前回までは言ってたんだけど、どうも都道府県によって違うらしいということが明らかになり、なので今後は上演する場所のルールに合わせることにしたと。ここ神奈川県のルールはと問い合わせたら「安易な使い方じゃなければOK」て言われたそうです。なんだそれは…。
なので使うことにしました、と上演前の挨拶で三浦直之は言った。今コレ書いてて「そういえば食べ物なんだったっけ」て一瞬考え、「ア・レ・か!」てなった。食べ物…。さて、今回の舞台は教室ではなく渡り廊下。前回と同じハコだけど横長に使っていて、幅が要るんだなーと思う。客席数も増えてるのかな。久しぶりに観る楽、たのしい。楽がどんな子だったか、確かめたり新たに知ったりするのも楽しいです。それにしてもいつ高の女子、独特な子が多い。今日の白子もそう。そして、そんな女子の独特さがちょこっとファンタジーの窓を開くんだろう。固有名詞に溢れて普通の高校、の顔をしてるけど、その固有名詞も私世代のものもあればちょっと昔のものも、今年のものもあって時空を少し歪めてる。それを子どもの頃見たとか、再放送で見たとか、説明しないのがまたいいと思います。太郎こんな子だったんだなと知り、でも何でだろうって思うことが幾つかある。電話の向こうの将門にも何が起こっていたのか。でもこういうのが諸々、この先の回で明らかになるんだろうと期待できてしまうのが連載モノの醍醐味。事実、楽と将門が撮り始めたという映画の元ネタがどう考えても(逆)おとめとの出会いから着想されている。過去と現在は繋がっているんだな。だからきっと未来も。今回の本筋は顔も名前も新登場の点滅の物語でしたが、「距離」だけじゃない「間」を発見した恋と青春の美しさ、よかったです。登場した瞬間は帽子とバンダナの頭に「いつ高ぽくねえ奴来た!」て思ったけど、いつ高生だった。かわいかった。共感よりも親目線のが強いかもしれない私は。あとは、自分じゃなくて同級生にこんな子いたのかなって、いつも思う。