八月納涼歌舞伎

第三部を観にいきました。特に大きな旅行の予定もなく、盆をゴジラ歌舞伎の日本伝統文化で挟むことになった2016年。東宝松竹有難う。あとワンピースを読み込んでいればあるいは東映にもお世話になれたのか。惜しい。
土蜘の隈取めちゃくちゃ格好いいな。バーンて出てきたときアガりました。皆で脚つくるところも格好いい。そんな「土蜘」は中盤のひょうきんコーナーがほんとご陽気で、そして若くて活きがよくてそれもよかった。堪能しました。太刀持の團子とてもよかったし石神坊やの波野哲之は去り際まで痛快だったなあ。ひっくり返った番卒3人のうち実父こと勘九郎が首をクと上げてソレを見届けていた。「廓噺山名屋浦里」のほうは落語が原作ということもあってか喋って喋って話が進んでゆくのですが、七之助の花魁の美しさがとにかくもう全部もっていくと、言っちゃっていいと思う。彼という人は「美でかっさらいマン」の名を欲しいままにしている*1。私がもしご飯を食べていたならお米も茶碗も放り投げてしまったと思うし、ラストなぞ感情が「ありがたや…」の域に達していた。いや勘九郎もいつもながらキュートだし扇雀駿河太郎彌十郎亀蔵もチャーミングでしたけどもそこはそれ仕様が無いのよ。第三部通して観て、若さもそうだし歌舞伎の所謂敷居をぐぐっと下げてんだなというのも凄く伝わってくる。そうかー、と何というかしみじみしてしまった。

*1:私の中でそのような称号が生まれるや否やである。