ちかえもん

森の中で筵からはみ出た足四本を見てそれからこちらを見る万吉と目が合ったとき、あれもしかしてこの人は頭の中にいる人なのかと思った。いつも事をややこしいほう面白いほうに持っていく、いきたがる気持ちが人の形になってるのかと。そうなら作家の頭の中にいるやつかと。それが心中まで起こさしてしまったのかと思うとなんか自分のせいみたいな気がしてくる。場面変わって九平次との対峙、コレも曽根崎心中で自分を書いたちかえもんに詰め寄る九平次が、今この瞬間を書いてる作家にも話しかけてるように聞こえる瞬間が何度もある。山崎銀之丞のイカレた芝居っぷりがなおそうさせる。登場人物たちとの心のやりとり。目を見て語りかけてくる。藤本有紀が渾身の筆またはキーボードで放った言葉が松尾スズキという肉体を通してちかえもんから吐かれるという三位一体。気絶しそうにいい台詞だった。そこにさらに何人もの作家が重なって見えるようだった。最終回でも松尾スズキの顔は容赦なく輝いていた。まだこの人のいい顔こんなにあったんだって驚く。この作品をそのまま写真集と呼べるほど。青木崇高の表情の鮮やかさはすっかり我々の脳に刷り込まれてて、小さな人形を見るだけでも、口角きゅっと上げて口を結び目つぶったやさしい万吉の顔が見えるようだった。優香の可愛さ、早見あかりの美しさもかけがえなかった。ほんでもって義太夫北村有起哉よ。スタンディングオベーションである。北村有起哉を発泡スチロールのネットでくるんで輸出したい。どこに出しても恥ずかしくない。なんということでしょうちかえもん。幕を閉じた瞬間から伝説になった。貴方が書いたんだぜちかえもん