ハイバイ『夫婦』

幕開いて数日、しかも平日だというのに、通路の階段までびっしりザブトン追加で盛況の芸劇シアターイースト。通路脇の席だったのでそのひしめいたムードを体感しながらの観劇となりました。隣席も、通路で私の肩そばと足そばにいる人も男性。上演中の笑い声聞いてても男のお客さん多いなーという印象だった。次回、再演『おとこたち』のチラシにはテレビ東京の佐久間Pと、宮藤官九郎のコメントが。岩井秀人がかつて自作の戯曲を偶然喫茶店で見かけた宮藤先輩に渡したというエピソード、初めて知りました。
最初あれコレ夫婦の話かなって思ってたけど、イヤどうにも夫婦の話だった。夫婦のわからなさの。ハイバイの作品でこれまでも見てきたこの父親について、私が見た中では今回一番多く語られたと思うけど、何故ああいうことをしたり言ったりしたりしたのかはやっぱりわからないし、劇中でも尋ねられてたけどお母さんが何故お父さんと結婚したのか、それにどういう気持ちでずっと一緒に暮らしたのかもわからない。幾つもの断片を見て、でもやっぱ断片だからわからないのかな。あるいは全部見てても気持ちなんてわからないのかもしれない。終盤で見た父さんのあのリフレインを思う。あの記号的な描写、目を凝らしてもはっきり見えない何かがあの時間にある。岩井秀人はこの物語を書くにあたってお母さんに、どんな風にどのくらい取材をしたのだろうか。お父さんもお母さんも目の前で演じられているのに、垣間見えるものだけでなくて、知り得なさそれ自体も伝わってくる。夫婦。あのラスト、こういう風に終わると思ってなくて吃驚したけど、見せられたあとでは着地はここしかないとも思う。夫婦。なぞの夫婦。夫婦は謎ですよ。そんで、この物語に出てくる岩井秀人の人物像がまた良いのであった。母思いで筋が通っていて、ジャケット着てて不満や文句が口からすぐどんどん出ちゃうところおっさんの感じも出てきてる。そんな秀人とお母さんのやりとりもいい。例えば「速報」のくだり、お母さんの「そうだね」まで含めてとてもよかった。このお母さんはやっぱりユーモアのある人なんだよなと思う。そうしてこの岩井秀人が、あの父親が死んだことを、死んだときのあれこれを、皆で笑って明るく話したい気持ちと、なんかそうならない気持ちとに対峙しているのかもしれないと、あの父親の死に顔を見ながら私も勝手に考えていた。笑えるか、ということをこのごろ考えていたせいもあるかもしれない。ハイバイは面白いな。ああいうマネージャーや医者に自分ならなんて言ってやろうかなんて思うよね。