いだてん

直談判、直談判。総理から肖像画まで直談判。直談判マン、直談パンチ。まーちゃんがまたお金を取ってきましたよ。池田勇人立川談春、流石の可愛げである。田畑政治の愉快で鮮やかな一人二役を見た後の表情とてもよかったです。前方の立川談春、そして後方の皆川猿時。ビュッフェで放った「どうしよう!加減がわからない!」は名台詞に入れていいと思う。つい皆川猿時を挟んでしまいました。改め、嘉納治五郎肖像画と会話するまーちゃん素晴らしくなかったか。一人芝居ぞ。そんで岩ちんが急に後ろから投げてきてもノーモーションで打ち返す。無双である。そのまーちゃんがただ黙って煙に埋もれながらテレビを見てる姿。この人にじっと思慮する姿があること、いまは不思議なほど驚かない。ラストで寄席に飛び込んできた岩ちん、テレビの中から飛び出してきたかのようだった。あるいは歴史から。ずっと見つめてきた世界が自分の目の前に現れて手を差し出している。カタルシスじゃんね。森西さんの角ちゃんっぷりも大松と馬たちの続きも、もっと喋りたくてうずうずしている。

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女子バレー軍団めちゃくちゃ面白そうだな!大松と馬たちの物語もっと見たい。いや馬て。かつて人見絹枝に清々しく「バケモンだな!」と声かけてたまーちゃんがなだめる側に回ってて時の流れを感じます。馬もとい河西さんのあのスパルタの中での口数の少なさもわくわくさせる。これからが楽しみです。大松も凄くいい役だなあ。今日も今日とて新たな人物目白押しで、増子直純黒澤明が可愛くて微笑んでしまったし前野健太の存在感にはかるく痺れた。平原テツがそっといるし東京03角田が今度は松田龍平を乗せている。体操の人たちも登場したらまた面白かったんだろうなって思うときりがない。近代五種の人だってもしいたら、いたら怒っていただろうな。全然メダルの取れない競技にいた選手のこと、テレビ見る子どもや大人のことにも想像が広がる。欲の深い我々はカットどころか増やしてほしいくらいなのだ。まーちゃんは今や事務総長、ていうだけでなくビジョンを持って取り組んでいる。俺のオリンピック。「俺のオリンピック」と競技場模型を広げる様にはボンボン気質も感じますが、思い返せば嘉納先生も模型はそうとう嬉しそうに見てたっけ。日本国民全員が「俺のオリンピック」と思う世の中、一億総まーちゃん化。それはさぞうるさかろう。全員田畑になる必要はなくて、皆がそれぞれの仕事をしてオリンピックを楽しみにできたらいい。渋滞なくすのも生活よくするのも頑張る人がいてほしい。頼むぜ。

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ラストラン始まる。ここに来てもう「今からでも間に合う」感はない。トップスピードで走り抜ける体勢だと思う。田畑の落語、カーテン、大見得、プロジェクション、小部屋の中の劇団寄り俳優たち。スティルアーリーならぬトゥーレイトよ。ああもう終わってしまう、そんな気持ちに今日なった。「面白いことをやるしかない」、それはこの作品を作るチームの思いとも共鳴しているようにもう見えてしまいます。田畑はめちゃくちゃドラえもんを得るのがうまい豪腕のび太だなと思い、平沢さんはあんなに理詰めで論破できてたのにあの一言でノリノリ参加になってしまう様独特のヒラサワワールドあるよなと思いました。嘉納先生に船上で便の話してダダスベってたのと矛盾してないのでなんか感心したりもしてます。

ラブレターズ単独ライブ『LOVE COMPLEX』

渋谷ユーロライブで一連の1Hライブを経て、新宿角座での単独ライブ。単独ライブはストップウォッチで時間を計らないし、終わるごとにトークでつながない。そして幕間映像もない。気づけば単独ライブとしてのタイトル表記も前回までと変わったのだった。

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古今亭志ん生、どセンターで魅力爆発。主人公だった。少し思い出すだけで両の手指の先が溶けそう。四十と数分に彼の人生の間抜けさと繊細さとくたばらなさがみっしり詰まってた。そんでその同じ弁当箱に小松勝と三遊亭圓生もふんだんに詰めてあるときた。こんな淡々と濃厚な手口がありますかね。これだけの情報量にして、真ん中にあるのは間違いなく志ん生の面白さなんである。家族には満州に行く理由見透かされてて、へんな日本兵にランナー観点から富久のダメ出しされて、敗戦直後の二人会で先に出た圓生が余裕でウケてて、芝まで走る富久を演りながら作って、ウォートカで死にかけてネズミ顔になって、偽装結婚に乗ったら自分だけ化物みたいな強女つかまされて逃げて、日本に帰る日にはこぎれいな圓生の隣で家のない仙人みたいな風貌になっている。で帰って家族に「よう、久しぶり」だってよ。ずるくないか。根こそぎ奪われるぞ。圓生は終始絶妙にいい男で、つい前回登場したばかりなのにこの短時間でこれまた奪いにくる。正味な話あともうちょっと居られたら取って食われるよ。七之助はそういう化物だな。志ん生圓生の道中記もっと長いこと見ていたくなる。ここだけ追加で作ってくんないかな。志ん生の前に束の間現れた小松勝は、この1話においては先を導く妖精のようだった。事実、創作された人物だからそうなのだろう。富久がどうやって生まれたかの物語は彼が繋いでいる。人の形をした物語の意図。あのとき志ん生の落語を見守っていた彼の目の輝きは、宮藤官九郎のものでもあり大根仁のものでもある。そして歴史に誰と残っていない誰かがいたはずの物語ならば、あれは貴方の曽祖父だったり私の祖父だったりもするのだろう*1。かつてシマさんが金栗四三人見絹枝を動かしたように。史実をもとにしたドラマという表現の裾野の広がり方、こちらの足下まで伸びてくるその力強さに驚かされます。冒頭で志ん生の前に小松が現れたときのファンファーレも、観てるこちら側の気持ちすぎて笑ってしまった。

*1:うちのじいさんは両方とも生きて帰ってきたクチですが、それはさておき。

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今日から出てきた七之助圓生、楽しみだ。想像しようとするだけでゾワゾワする。副島さんが戦ってくれて、中止・返上を決めてくれてよかった。嘉納先生にもできなかったことだと思う。副島さんがいてくれてよかった。永井・可児・野口の御三方が飲みながら嘉納先生のこと「ただのいい人なんかじゃない」とくだ巻いていて可笑しかった。体協の人はそこそこ言う権利あると思う。志ん生の病室で妻と娘が涙したり笑ったりしながら喋ってるの可愛らしかったな。志ん生襲名で、代々短命の名だと不安がるおりんさんに「そんなものご破算にしてやらあ」てスパンと言ってやった孝蔵は男前だった。いい旦那じゃないか。なんであんなに酒好きなんだろうな。増野さんが、娘を嫁に出す父として鬼瓦フェイスを一切隠せないのに笑った。「大切にされても腹が立つよ。大切にしなかったら、殺すよ」という台詞があったけど、「殺すよ」て言う前から全身が「殺すよ」て言っていた。「殺すよ」て4音を待ち構えて聞いて笑えるんだから、まったくな。こんな回でよ。小松勝は体力精力が溢れかえってて後に戻る気がしない。別にどんな命だって後戻りはないのに、そんなことが焼きつく。まーちゃんは社で万歳するときも雨の競技場客席にいるときも、酷い顔している。田畑政治ですら、言葉以上の感情を全身から迸らせていた。メガネをめり込ませて。彼が副島さんに放った言葉忘れたくない。YAZAWAのやつじゃなくて。

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ミスターオリムピックにして夢見るカリスマジジイ、嘉納治五郎先生とのお別れ。「夢見るジジイじゃいられない」と田畑は言ったけど結局最初から最後まで一貫してドリーミングボーイだった。いつも未来が面白いと信じてて、止まることも疲れることも借金返すこともやってらんない。ラジオで河野の言葉を聞いて新聞社に乗り込んできた四三、「オリンピックは来ないのか」と問うその瞳は亡霊を思わせた。自身のピーク時に五輪が消えて、出場叶わなかった選手としての。その精神と対峙した田畑が、自分の中の矛盾を吐き出し、スポーツ愛ゆえの矛盾を飲み込んで即また吐き出した。愛だけは飲み込んだ。否定と肯定が即座に反転するような答え方する彼の癖を見てきたから、彼にしかできない答えだと思える。常に矛盾を孕んでるゴールへの道を行く主人公の。そして嘉納さんとの対峙。初対面のときのただ無礼な口のきき方を思い出しながら見た。膝をつき頭を下げ、そのあとで放った「あんた」の切れ味、田畑の真骨頂が表れていた。あのとき嘉納先生がスタジアムに見た韋駄天も亡霊だろうか。あそこで首を縦に振らず、田畑も副島さんも連れずIOCに行く。それで改めて開催を取り付けてくるというのだから、あまりにも強靭な夢だ。この人を超えてゆかなければならない物語だ。田畑家食卓のシーン、ビタイチふざけない顔して全速力で世界を置いていく夫婦が痛快だった。描かれる様々な瞬間がそれぞれに、この作品の態度を示している。